東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6151号 判決 1968年6月13日
原告
更生会社株式会社北村製作所
管財人
秋根久太
ほか四名
右四名代理人
佐藤成雄
同
鶴田晃三
被告
有限会社山一煉炭工場
ほか一名
右両名代理人
旭誉茂平
主文
一、被告有限会社山一煉炭工場は、原告八巻誠一に対し四六万五三七二円、同斎藤武夫に対し二四万五一二一円および右各金員に対する昭和三八年一二月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、原告八巻誠一、同斎藤武夫の被告田中精一に対する請求、原告更生会社株式会社北村製作所管財人秋根久太、同山崎源三の被告らに対する請求はいずれも棄却する。
三、訴訟費用中、原告八巻誠一、同斎藤武夫と被告有限会社山一煉炭工場との間に生じたものは同被告の負担とし、原告八巻誠一、同斎藤武夫と被告田中精一との間に生じたものは原告両名の負担とし、原告更生会社株式会社北村製作所管財人秋根久太、同崎源三と被告らとの間に生じたものは同原告らの負担とする。
四、この判決は原告八巻誠一、同斎藤武夫の勝訴部分に限り仮りに執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一、原告ら―「被告らは連帯して、厚生会社株式会社北村製作所管財人(以下原告会社という。)に対し四万五四五五円、原告八巻誠一(以下原告八巻という。)に対し四六万五三七二円、原告斎藤武夫(以下原告斎藤という。)に対し二四万五一二一円および右各金員に対する昭和三八年一二月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言。
二、被告ら―「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決。
第二 請求原因
一、(事故の発生)
昭和三八年七月三日午後二時三〇分頃、埼玉県北足立郡朝霞町交差点(以下本件交差点という。)付近を、東京方面から川越方面に向けて進行中の訴外田中一正(以下訴外田中という。)運転の大型貨物自動車(埼一せ三一五号、以下甲車という。)が、右交差点の停止信号に従つて停止中の原告斎藤運転の小型貨物自動車(多四す一〇九二号、以下乙車という。)の後部に追突し、乙車は前に突き出されてその前方に停止していた訴外車に追突し、因つて乙車は前後部を破損し、原告斎藤は約二〇日間の入院加療と約四〇日間の通院加療を要する脳震盪症、後頭部および頸部挫傷の、乙車に同乗していた原告八巻は約二か月間の入院加療を要する脳震盪症、後頭部打撲症、頸部挫傷等の各傷害を負つた。
二、(被告会社の地位)
(一) 被告有限会社山一煉炭工場(以下被告会社という。)は甲車を所有しこれを自己のために運行の用に供する者であつた。
(二) 被告会社は訴外田中を運転手として使用する者であり、訴外田中は当時甲車を運転して被告会社の業務に従事し、次のような過失によつて本件事故を惹起させた。
すなわち自動車運転者たるものは、自動車運転の開始にあたり制動装置に欠陥がないかどうか十分に点検し、かつ運転中も制動装置に破損又は故障が生じた場合には直ちに運行を中止して破損又は故障箇所を修理し、制動装置を完全に調整し、いつでも制動装置を作動して停止しうる状態を維持すべき注意義務があるのにこれを怠り、制動装置の破損した甲車を運転し、又制動装置の故障のためフットブレーキが効果を持たない場合には直ちにサイドブレーキを引いて衝突を避けるべき注意義務があるのにこれを怠り本件事故を惹起させたものである。
三、(被告田中の地位)
被告田中精一(以下被告田中という。)は、被告会社の代表取締役で、被告会社に代つてその事業を監督する者であり訴外田中には前記過失があつた。
四、(損害)
原告らは本件事故により次のような損害を蒙つた。
(一) 原告会社
乙車破損修理代 四万五四五五円
(二) 原告八巻
原告八巻は前記傷害のため、昭和三八年八月三一日退院した後更に九月二七日まで通院加療を受けた。同人の業務は大型プレス加工であるため、労働がかなり烈しく病後の肉体的条件では業務に耐えられないので同年一〇月一杯自宅において休養し、一一月より勤務についた。しかし勤務についた当初は作業の能率が上がらなかつた。
1 入院費 一三万八七六〇円
2 付添費 四万四三四〇円
3 逸失利益 八万二二七二円
昭和三八年七月から一一月まで五か月間の給料の実収入減の総額(昭和三八年四月から六月までの給料の平均月額は一万九九〇七円である)。
4 慰藉料 二〇万円
合計 四六万五三七二円
(三) 原告斎藤
原告斎藤は前記傷害のため、二〇日間入院加療を受けたが、昭和三八年七月二三日退院し引き続き同年九月三日まで四三日間通院加療を受けた。
1 入院費 四万八一二五円
2 付添費 四一二八円
3 逸失利益 四万二八六八円
昭和三八年七月から九月まで三か月間の給料の実収入減の総額(同年四月から六月までの給料の平均月額は二万〇五三六円である)
4 慰藉料 一五万円
合計 二四万五一二一円
五、(結論)
よつて被告会社は、原告八巻、同斎藤の蒙つた人的損害については自賠法三条の、原告会社の蒙つた物的損害については民法七一五条一項の、被告田中は右各損害につき民法七一五条二項の責任を負うので、被告らは連帯して原告会社に対し四万五四五五円、原告八巻に対し四六万五三七二円、原告斎藤に対し二四万五一二一円および右各金員に対する事故発生後である昭和三八年一二月一日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 請求原因に対する被告らの答弁
一、請求原因第一項について、乙車の破損の有無、原告八巻、同斎藤の傷害の部位、程度は不知、その余は認める。
二、同第二項について、 被告会社
訴外田中の過失の点を除きその余は認める。
三、第三項について、 被告田中 被告田中が被告会社の代表取締役であることは認め、その余は否認する。
第四 被告らの抗弁
一、(和解)
本件事故により原告らの蒙つた損害については、原告らと被告らとの間に和解が成立済みである。
二、(免責の抗弁)
(一) 運転者訴外田中の無過失
訴外田中は乙車の後方約一〇米の地点に至つてブレーキを踏んで初めてブレーキの故障に気がついたのであり、本件事故を回避することはできなかつたのであつて同人に過失はなかつた。
(二) 運行供用者被告会社の無過失
被告会社は甲車の運行に関し注意を怠らなかつた。
(三) 第三者某の過失
甲車は、後方から進行してきた第三者某の運転する車に追突され、ブレーキのパイプが亀裂を生じ、ブレーキがきかなくなつたのである。
(四) 機能、構造上の無欠陥
右ブレーキの故障は不可抗力によるものであり、事故地点に至るまで甲車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつたものである。
第五 抗弁に対する原告らの認否
いずれも否認する。
第六 証拠<略>
理由
一(事故の発生)
乙車の破損の有無および原告八巻、同斎藤の各傷害の部位、程度の点を除き、その余はすべて当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、乙車は後部および前部フロントがくぼんだことが認められ、<証拠>によれば、原告八巻は約二か月間の入院加療と約一か月間の通院加療とを要した脳震盪症、後頭部打撲症、頸部挫傷、左肘部切創等の傷害を負い、原告斎藤は約二〇日間の入院加療と約四〇日間の通院加療を要した脳震盪症、後頭部兼頸部挫傷の傷害を負つたことが認められる。
二(和解)
被告らは既に原告らと被告らの間に和解契約が成立している旨主張し<証拠>中にはこれに副う部分があるが、措信することができず、かえつて<証拠>によれば、原告らから和解の交渉を委任されていた訴外玉木隆一は、話し合いがつかず交渉を打切つたことおよび原告八巻、同斎藤は被告らから如何なる名義の金員も受領していないことが認められる。従つて被告らの和解の抗弁は採用できない。
三(事実の認定)
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況
甲、乙車の進行した道路(以下本件道路という。)は国道東京小諸線であり、舗装された10.10米の有効幅員を有し、東京方面から川越方面に向けて直線に走り、付近は同道路を中心として商店街となつている賑やかな道路であり、諸車の通行は極めて多く、本件事故現場は本件交差点(朝霞町米軍キャンプ前交差点)から東京寄り約二〇米の地点である。同交差点には三色の信号機が設置されている。
(二) 本件事故発生の態様
訴外田中は甲車を運転し助手席に被告田中精一を同乗させ、石炭五屯を積載(甲車は五屯車である。)して、本件道路を東京方面から川越方面に向けて進行し、事故現場付近にさしかかつたが、かなりの交通量のため甲車の前後に車両が連なり、甲車は余り速くない速度(訴外田中は時速二〇粁と供述している。)で進行していたが、前方の本件交差点の信号が赤を表示していたため、甲車の先行車が順次信号待ちのため停止してきて、甲車の直前を走行していた乙車も停止した。訴外田中は乙車の後方(同人は、後方約一〇米の地点と供述している。)に接近したとき、フットブレーキを踏んだところ、ブレーキがきかずあわててハンドルを左に切つたが既に間に合わず、結局甲車は乙車の後部に追突し、乙車は更に前に突き飛ばされてその前に停止中の車に追突し、甲車は左前部を民家に突入した。その間訴外田中はハンドブレーキを使用しなかつた。
(三) 甲車のブレーキの故障状況およびその原因
甲車車体の後部右側車軸の上あたり、地上約七〇糎のところに厚さ約二ミリメートルのステーが地面に水平にボデーに固定されており、ユニオンナットを介して前部の鉄製ブレーキパイプと後部のゴム製ブレーキパイプとが連結固定されている。ブレーキがきかなくなつたのは、右ステーが何らかの衝撃によつて斜め後方へ曲げられ、車輪のブレーキパイプのユニオンナットの取付け部分が割れオイルが洩れたためである。ところで右ステー変形の原因について、被告らは後方から車に追突された衝撃によるものであると主張するのであるが、証人小林正雄の証言によれば甲車の後部足かけ部分が一部破損していたことを認めることはできるけれども、右破損が他車の追突によるものと認めるに足る証拠はなく(証人田中一正はブレーキを踏んだとき後方からショックを受けた旨供述するが、採用しない。)、かえつて右小林証言によれば、本件のようにステーが曲がることは追突によるよりもむしろ砂利または木片があたつたことによつて生ずる可能性の方が強いことが認められ、被告らのこの点に関する主張は採用することができない。もつとも砂利または木片によるものと積極的に認めるに足る証拠もなく、結局右ステー変形の原因が何であるか又いつ発生したものであるかは本件全証拠によるもこれを認めることができない。
四(被告会社の責任)
(一) まず人的損害に関する責任を判断するに、被告会社が甲車を所有しこれを自己のために運行の用に供する者であつたことは当事者間に争いがないので、被告会社は免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条の責任を免れえない。
本件では、その免責の抗弁の諸要件中、「構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたこと」との要件が問題となるわけであるが、前認定のように本件事故は甲車のブレーキ故障によつて生じたものである以上、右要件ありとするわけはゆかない。けだし、右にいわゆる構造上の欠陥・機能の障害とは保有者や運転者が日常の整備ないし運行の開始に当り相当の注意を払うことによつて発見されることが期待されたか否かにかかわりなく、およそ現在の工学技術の水準上不可避のものでない限りは、事故当時を基準としてその欠陥ないし障害の存在を云々しうるものと解すべきものであるからである。もつとも、もし被告主張のように事故の直前に例えば追突を受けた結果その故障を生じたものとすれば、その限り右故障に起因する事故の発生を不可抗力によると解し、ひいては右要件を肯定する余地もあるが、この場合免責を主張する被告の方こそ帰責事由なくして故障の生じたのが事故の直前であることにつき証明責任を負うと解するのが自賠法三条但書の法意に即するところ、前認定のとおり、追突されたか否かについても、直前か否かについても、心証を得ることができないから、この点は被告の不利に解するほかはない。従つてその余の判断に及ぶまでもなく、被告会社は自賠法三条の責任があるものというべく、原告八巻および同斎藤に生じた損害について賠償責任がある。
(二) 次に、物的損害に関する被告会社の使用者責任の前提となるべき甲車運転者訴外田中の過失の有無について判断する。
原告らは、同人が甲車の制動装置の点検を怠り、かつ運行中制動装置に故障があることに気付いた場合には直ちに運行を中止すべききであつたのにそれを怠つたと主張するが、前認定のとおり本件ブレーキ故障がいついかなる原因によつて発生したものか判明しないのである。むしろ、本件事故現場まで甲車が無事運行されてきたことから見て、運行開始時における点検の不備はなかつたと考えられ、訴外田中自身前記のようにその故障に気付いたのは前車の後方一〇米の地点であつたと供述している点も考え合わせると、同人が故障に気付いたのが果してフットブレーキの使用によつて追突を回避しうるほど乙車から離れた地点であつたか否か、心証を得ることができない。そして、この点の不分明は、同人の過失につき証明責任ある原告の不利に解するほかはない。
また原告らは訴外田中の過失として、フットブレーキの故障に気づいた場合にはハンドブレーキの操作をなし事故発生を未然に防止すべきであつたと主張する。仮りに訴外田中の供述どおりとすると、甲車は時速約二〇粁の速度で走行していたのであるから、訴外田中が乙車の後方約一〇米の地点でブレーキを踏み始めてから甲車が乙車に追突するまでに二秒弱の時間を経過したことになるが、ブレーキを踏み始めてからブレーキ故障という異常事態をのみこむまでに通常人は少なくとも一秒間を要し、訴外田中もその例外ではなかつたと思われる。その一秒間に甲車は約5.5米走行し、乙車の後方約4.5米の地点に接近していたことになるが、残されたこの時間的距離的制約内で運転者に多くのことを期待することはできない。以上は、訴外田中の供述する時速二〇粁、距離一〇米を採用した場合のことであり、本件の実際の数値がどうであつたかは、必ずしも明らかでないのであるが、右角田証言の実測値は二屯半の空車によるものであるのに、本件甲車は五屯の積荷を満載していたのであるから右結論は、時速、距離等に些少の差異があつても変らないと考えられ、一歩譲つて確実な心証を得がたいと見ても、その不利は原告に帰すべきものであること前判示と同様である。
また最後の手段としてハンドル操作により乙車へ追突を避けえたのではないかとの疑念も生まれるが、訴外田中は前認定のとおり一応はハンドルを左に切つているのであるし、また現場は道路左側端に面して商店の店先があつたのであるから、そのハンドルの切り方が不足していたと責めることもできない。
以上いずれの点からみても、訴外田中に本件事故発生についての過失があつたとの証明はない。
従つて被告会社はその余の判断に及ぶまでもなく原告会社の主張する物的損害については賠償の責任はない。
五(被告田中の責任)
訴外田中の過失の証明がないので、その余の判断に及ぶまでもなく、被告田中には原告ら主張の責任はない。
六(損害)
(一) 原告八巻
1 入院費
<証拠>によれば、原告八巻は入院費として一三万八七六〇円の支出をしたことが認められ、これは本件事故による損害ということができる。
2 付添費
<証拠>および弁論の全趣旨によれば、原告八巻は入院中訴外内田文子、同橋本牧子、同林静子の三名に順次付添を依頼し、同女らに付添費として合計四万四三四〇円支払つたことが認められ、これも本件事故による損害ということができる。
3 逸失利益
<証拠>によれば、昭和三八年四月から六月までの原告八巻の平均月収は一万九九〇七円であり、右平均月収額を基礎にすると、原告八巻は本件事故による傷害のため、同年七月から一一月までの五か月間に総額八万二二七二円の減収をきたしたことが認められ、右減収も本件事故による損害ということができる。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告八巻の傷害の程度等諸般の事情を考慮すると慰籍料としては二〇万円をもつて相当とする。
(二) 原告斎藤
1 入院費
<証拠>によれば、原告斎藤は入院費として四万八一二五円の支出をしたことが認められ、右金額は本件事故による損害ということがである。
2 付添費
<証拠>および弁論の全趣旨によれが、原告斎藤は入院中訴外内田文子に付添を依頼し、同女に付添費として四一二八円支払つたことが認められ、これも本件事故による損害ということができる。
3 逸失利益
<証拠>によれば、昭和三八年四月から六月までの原告斎藤の平均月収は二万〇五三六円であり、右平均月収額を基礎にすると、原告斎藤は本件事故による傷害のため、同年七月から九月までの三か月間に総額四万二八六八円の減収をきたしたことが認められ、右減収も本件事故による損害ということができる。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告斎藤の傷害の程度等諸般の事情を考慮すると慰藉料としては一五万円をもつて相当とする。
七結論
以上により、被告有限会社山一煉炭工場に対する原告八巻、同斎藤の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、同原告らの被告田中精一に対する請求、原告会社の被告らに対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次 福永政彦 原田和徳)